対話

misocos宗教観

一般的にいまの日本でいう宗教とは
・私の願い事を叶えてくれるもの。
・「貧」「病」「争」を救うもの。
・お墓を守ってくれるもの。
と思われていると感じます。

本人が生まれ育った環境によって感じ方が異なるのとは当然です。

神仏に願い事をするのが当たり前な環境で育てば、そういった子が育ち。
暮らしが楽になる・病気が治るために神仏を拝みまわる環境で育てば、そういった子が育ちます。
純血に執われる環境で育てば、そういった子に育ちます。

ですから、それも現実であり、真の姿だと思います。

ではでは本題に入ります。

私の思う宗教とは

幼いころから宗教美術が好きで、
仏教美と言えば、密教の宝具や絵画・彫刻、禅宗の庭に興味がありました。

隣町は足利市であり、幕府を開いた将軍の土地です。
運慶作とされる作品や、国宝の作品がたくさんありました。
綺麗に管理されている開かれた寺院もあります。

隣町のお寺には
空海直筆の理趣経がある地でもあります。

両親共に僧籍をもち、
親戚に神主やお坊さん、
地元のイタコ?祈祷している人もおります。
神がかり的な雰囲気より、
人のために何かするのが好きな人が多いそうです。

そんな土地で育ち
物事の是非に目覚める幼少期は、カソリックの幼稚園に通っていました。

聖職者の祈り

カソリックの聖職者、仏教の聖職者(お坊さん)に触れる機会があり、
聖職者が人々に対しての祈りは同じものなんだなー。と感じています。

それは
「人々が幸せでありますように」
その願一つなのです。

幸せに導くための手段が時代が経つごとに多様になり
宗派が生まれたのだと感じます。

ちなみにキリスト教は、ユダヤ教と同じ神様を神と言っています。
ユダヤ教に入信するにはユダヤ民族にならないと入れません。
民族を変えないとならないほど、とても厳しい戒律がいくつもあります。
そこでイエスは「神はそんなに厳しくないんじゃないかな」とキリスト教を開きました。

宗教戦争

昭和の日本では、夏になると戦争映画やアニメが流れていました。
はじめて戦争というものを知った時、人間に不信感を感じました。

宗教戦争があると知ったとき、
宗教とは「人の幸せを願うものなのに・・・」と絶望感の中、
夜な夜な民族と宗教について考えていました。

何度も何度も、
何年も何年も考え、
私が行き着いた宗教観があります。

宗教観

形(宗派・法儀)は違えども、
目的は(人々が幸せになるように願う祈りは)同じなのだから、
それぞれのやり方を尊重しあい
共に進めてまいりましょう。

私が正しいからと、他を批判したり、攻撃したりせず
心ひとつに、
皆の祈りは一つなんだと感じていきましょう。

6-8才頃に感じたことですが、
それ以来、私の宗教感は変わっていません。
これから外れたのを見ると違和感を感じます。

私は、どの宗教が間違えていると言いたくないのです。
偽善の心から、そう思うのではありません。

その人には、それが真実なのですから
その真実を他人に奪われたりされたら、
それこそ戦争です。戦争の根源です。

お互いに尊重し合う。
それが宗教であってほしいと感じたのです。

そんなことを提唱する人が現れたらいいな。
私が生きているうちに出会い
世界が一つに平和になれたらいいな。